感覚の記憶
上條葉月
わたしは記憶力には自信がある。いつどこで誰とこんな話をした、とか、この店には誰と行った、とか、この映画はどの映画館で見た、とか。そういう細かいことでも結構忘れない。ただ、その時自分がとても幸せだったとか怒っていたとかそういう事実は思い出せるけれど、自分のその瞬間の感覚は、全く思い出せない。友達と朝まで飲んで始発で江ノ島まで見に行った日の出の綺麗だったことは覚えているけれど、その時に、あ、この瞬間のことは忘れたくない、と思ったその多幸感は蘇らない。そういうものがきちんと蘇る人もいるのだろうか。いるんだろうな。わたしは、そういう記憶の断片を思い返す瞬間が、一番虚しい。大切なものがぽっかり抜けている気分になる。一生忘れないと思った大切な瞬間が確かにあるのだけれども、その状況ばかりで、本当に忘れたくないと思った瞬間のわたし自身のことを再現することはできない。感情や感覚は、2度と再現されないのだろうか。それとも、何十年も生きていたら、「あ、これはあの時の感覚と同じだ」と思う日がくるのだろうか。
だから、わたしは日記を書いている。本当のことは、いつも言葉にすることはできないのだけれども、それでもその瞬間の感覚で書いた言葉、その感覚から生まれた言葉を留めておきたいと、なんとなく思ったから。
『いまだ失われざる楽園、あるいはウーナ3歳の年』は、メカスさんの娘ウーナを撮った日記映画のような作品だ。この作品に関わらず、メカスさんの作品には彼の周りの人々がたくさん写っていて、わたしは一度も会ったことがないウーナの3歳の時から最近の姿まで、メカスさんの映画を通して見たことがある。公園で遊ぶウーナ、スケートをするウーナ。最近のフィルムでは、当然わたしよりもずっと年上で、なんとも不思議な気持ちになる。
メカスさんの映画にうつるウーナという人物を、わたしは本当は知らない。わたしが知っているのは、メカスさんが見ているウーナだけだ。メカスさんは日々フィルムを回していたというけれど、どうしてこの瞬間のウーナをカメラに収め、そして1本のフィルムのその位置に入れたのだろう。メカスさんの映像をみるたびに、いつもそう考える。メカスさんの映画の魅力は、きっとその映像に写っていないもの、メカスさんの本当の気持ちを想像させてくれることなんじゃないかと思う。映像だってテキストと同じで、本当の感覚を本当のまま伝えることはできないから、本当のことは、いつも、誰にも伝わらない。この映画を見たって、メカスさんがその瞬間にどんなことを考えていたのか、娘にどんな愛情を持っていたのか、理解することはできない。それでも、その感覚が一人一人の中にしか実在しない共有不可能なものだからこそ、カメラを回すことが、あるいは言葉にすることが、大切な気がする。どうしたって不完全だとしても。
メカスさんの、いわゆる日記映画のような作品の、その美しさや柔らかさが大好きだ。でも同時に、メカスさんの人生が必ずしもそれほど幸せで美しいことばかりでなかったことも知っている。リトアニアから亡命し、貧しさや世間との対立と戦いながら必死に同世代の映画を守ってきたことを知っている。カメラの裏側に続いていたメカスさんの世界にも、ままならない日々があったはずだ。それでもメカスさんの映画にうつる世界が、彼の日記が、まるで楽園のように美しいのは、彼の世界の見方や捉え方なのだと思う。
メカスさんが亡くなってしまっても、メカスさんのフィルムには、彼が見ていた世界の断片が写っている。メカスさんの映画を通じて会ったことのないウーナの成長を不思議な親近感で見てきたように、私はこれからも、彼の見ていた愛おしいこの世界に何度でも出会うのだろう。
(日記といえば、)
先日、山本アマネさんの個展、「stroll」を見に行った。展示は海外文学を元にしたコラージュとその作品や読書自体にまつわるテクストの本の出版に合わせたものだった。実物のコラージュの展示と一緒に今回の本を作る元となったような読書日記がおいてあったのだけれども、人の日記を読むのはなんだかこそばゆくて、面白いなあ。この人は何を考え、何を書き留めておこうとしたんだろう。行間から、文字の隙間から、筆圧や丁寧さから、その言葉を書いた人のその瞬間の感覚を想像する。
(おまけ)
去年「渋谷のラジオ」の渋谷のかきものという番組に出た時に、そういえば日記の話をした。
スーザン・ソンタグ『私は生まれなおしている---日記とノート 1947-1963』 の思考のきれはしみたいな断片的なことばが好き。
https://note.mu/shiburadi/n/n3490f98f60ee?magazine_key=mfc48717282e1